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2015年10月1日木曜日

【今日どう?通信】ニヤつく波動

  1. 著作権のこととかわからないので、かいつまんで言うと。

    「何が自分の幸せで、自分は何をして喜ぶんだろうか。それがわからないまま終わる人生なんて嫌だねぇ。
    いろいろ胸の痛むこともあるけど、生きる喜びってのは嬉しいものですねぇ」

    なんて主旨の詩を、故やなせたかしさんが歌ってましたね
    あのパンと動物の世界のアレです。

    たまに歌詞見るといいもんだなぁと、ただそれだけなんですが。

    先週日曜日に与板の森林公園で親子デイキャンプを企画して子ども達とキャッキャと遊びました。

    子ども達はハンモックフィーバーになったり幼虫探し行ったり、どんぐりスープ作ったりと、森じゅうにゲラゲラと笑い声の溢れる中で、焚き火周辺で汗だくになりながら山のおじさん役やってる時、自分だいぶニヤニヤしていたらしい。

    まぁ実際楽しくて幸せな時間でした。
    何をして喜ぶ?なんて聞かれると結構こんな時間だったりするんですが、自分の幸せの基準がどこにあってもいいじゃないですかね。みんなバラバラなんだから。
    人が喜ぶのを幸せに感じる人もいれば、何かに夢中になること、自分に向き合うこと、人に必要とされること、評価されること。
    お金がある事が幸せだって人も全然いいですよね。
    何が幸せかわからないまま終わるよりはよっぽどいい。

    いや、言いたい事はそれだけなんですけど、楽しめた時のエネルギーは楽しめない時のエネルギーの比じゃないですからね。
    いろんな活動が起こったり継続する理由なんてこんなもんですよね。

    このエネルギッシュなのが市民協働の原動力だと思います
    「ニヤつく波動」を広げましょう(^^)

    【樺沢 敦】
  2. 12039375_720820351385000_4547716499336811156_n

2015年8月6日木曜日

【今日どう?通信】 長岡花火の感動からつながる「ふるさと肯定感」

いやーすごかった。
今年も長岡まつりが大盛り上がりで、長岡の夜空に盛大な花火が打上開始でございましたね。
いろんな方々がいろんなところで同じ空の花火を見て感じる。
本当に、世界一の花火だなと痛感します。
今年は長岡空襲から70年という節目の年でもあり、慰霊、そして復興の花火という意味合いも、より多くの方の心に残ったことでしょう。
さて、最近はSNSを使って花火の感動を伝える人も多くいます。
花火を見て素直に思ったことがタイムライン上につづられてきます。
あー、みんなそんな気持ちで見ていたんだなぁとか、若い人たちも長岡に対して誇りに思ってるんだなぁとか思うと、とても目頭があつくなるので、皆さんとも共有したくて、いろいろとまとめてみました。

まずはTwitterから。
【世界一の長岡花火 今年も感動の嵐 - Togetterまとめ】

Twitterだとタイムライン上で時間帯とともにみんなの感動が呟かれています。森市長の「世界一です」あいさつのところとか、フェニックスの「えびでぇー」が始まるところとか、フィナーレでの「花火師さん感動をありがと~」のあたりとか。
みんなの感動具合が伝わってきます。

次にInstagramで写真投稿
【長岡花火スタグラム】
http://lovenagaoka.stagramaker.com/?sort=L

インスタで写真を投稿する人も多く、勝手に長岡花火スタグラムなるページをつくって長岡花火の写真をハッシュタグで集めてみたら、あっという間に20,000枚を超えました。
素敵な花火の写真や、花火を楽しむ人の写真が更新されていきます。

最後にYoutubeの動画
【感動の長岡花火をもう一度(長岡花火動画まとめ)】
http://ats084.blogspot.jp/2015/08/blog-post.html

さっそく美しい動画をYoutubeにアップしてくださっている方々がいたので、ブログにまとめてみました。
映像を見ると、また涙がこぼれてきそうですね。
では、今一度感動の涙を流していただいて。
・・
・・・

どうでしょうか。
あー、長岡に住んでてよかったなぁ!って思いませんか?
私は思いました。
(いつも思ってますが、さらに思い直しました!)
こういう感情って、とても大事だと思うんです。
「自己肯定感」って言葉聞いたことがあると思いますが、つまり自分を信じること、自信につながり行動やチャレンジにつながります。
これって、地域にもとても当てはまると思うんです。
仮に「ふるさと肯定感」って言葉で表すと、少なくともこの花火の時期の心境をみると、みんな故郷長岡のことをとても肯定していると思うんです。
この町から感動を届けられてよかった。
この町が多くの方から必要とされていてよかった。
この町が世界中から愛されていてよかった。
この町があってよかった。
この町に生まれてよかった。
その感情が高い人たちがいる地域と、低くなってしまう地域。
これって圧倒的に目の輝きが違うんですよね。
長岡はばりっばりに輝いてます。
だってこんなに愛されている町ですから。
自分の町に誇りをもって、肯定していけるでしょう。
肯定すると好きになる。
好きになると守りたくなる。
守りたくなると動き出す。
動き出すと町がよくなる。
こんな単純なサイクルで、長岡の人たちは積極的に街づくりに励んでいるんだなぁと感じた長岡まつりでした。
ふるさと肯定感。
ふつふつと湧いてきてるんじゃないですか?
そのエネルギーで長岡をよりよくしていきましょう。
世界一のまちですからね。
【樺沢 敦】

2015年5月8日金曜日

それでも名前は必要です。今日どう?通信

皆さんゴールデンウィークはどのように過ごされましたか?
私は長岡から出ることはなかったですが、存分に楽しみ既に5月病に襲われてるところです(笑)

さて、連休中にあったおめでたいニュースと言えば、ウィリアム王子とキャサリン妃の間に王女が誕生しましたね。
名前はシャーロット王女。おめでたい!
ですがニュースは一転して日本に。

大分市の高崎山自然動物園で今年初めて生まれたサルの赤ちゃんを公募した際、せっかくだからシャーロットという名前がいいんでは?という声が寄せられて一度は決まったものの、英国に失礼などの反対意見が殺到して名前がまたなくなってしまいましたね。

この一連の流れ、騒動にはなったものの、どこをとってもとても微笑ましい事柄が続いており、誰も悪い人は登場してませんよね。
英国に王女が生まれたのも素晴らしいし、大分でサルの赤ちゃんが生まれたのも素晴らしい。せっかくタイミングが一緒だからと王女にあやかって命名してみては?という意見が出たのも素晴らしいし、王室に失礼なんじゃないかっていう配慮も美しいです。

だけど騒ぎになる。
 これが本当に自分の子どもの名前だったら(自分の子なら反対があったって変えないはずですが)、人に命名の意見聞き始めるとなおさら決められなくなるっていうパターンのやつですね。
 つまり何かを決めようとすると、どんなに善意が重なっても違った意見がでてしまい決定しづらくなる、ということ、よくありますよね。
これは価値観の多様性だったりするのでいいことなんですが、何かを決めるたびにいろんな意見が出ちゃうくらいだったら、意見聞くのがなんだか面倒くさく感じたりもします。

この面倒いこと。
実はこれが大事なこと。

例えば、この面倒くさい意見の対立が起きない社会だとします。
ということは、誰もが皆同じ意見をもっているか、またはある意思決定に対しては意見を言えない社会です。
そんな社会、つまんないと思いませんか?
意見が飛び交った方が、面倒くさいけどいい社会な気がします。

昔、漢字の授業でこんなことを聞きました。
「困難が無い人生は無難な人生」
「困難が有る人生は有り難い人生」
「みんなはどっちの人生がいいですか?」って。

人生に例えるのは大げさかもしれませんが、面倒くさくていいんだと思います。

今回はおさるの名前でしたが、街づくりや政策のなかで、とにかく決めて前に進まなきゃいけないのに、誰の意見を聞いて決めたらいいかわからないような場面がいっぱい出てきます。

特に協働なんてすると、立場も違うもんだから本当に多様な意見がでてきます。
でも面倒くさくていいんだとちゃんと意見をきいて、さらにはそれを踏まえて恐れずに意思決定していくことが大切ですね。
意見を出せば出すほど、反対のない決定の方が少ないかもしれないですよね。

反対意見のない意思決定ほど楽なものはないし、意思決定しなくていい意見収集ほど楽なものもない。
だけど楽するために活動しているわけじゃないですからね。
反対意見や決断のタイミングを有り難いと思って決めていく。

おさるさんとシャーロット王女の話題からずいぶん逸れてしまいましたが、何が言いたかったかというと。。。
あのおさるさんもいろいろ騒動があったけど、それでも名前を決めなきゃいけないんです。かわいそうだし。
つまり「意見は十人十色。だけど決めなきゃいけない時がある」ってこと。

これを書いて、逆説の10か条の1節を思い出しました。
「人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。それでもなお、人を助けなさい。」(ケント・M・キース 逆説の10か条)

そう、それでも人を愛しなさいってことですね。
信念もってやっていきましょう!
はい、頑張ります!(自戒を込めて)

【樺沢】

(写真は大分のおさるさんじゃなくて悠久山公園のおさるさんと桜でした)

2015年3月30日月曜日

春の楽しみ。茹でがえらない変化を!【今日どう?通信】

最近日に日に暖かくなって、すっかり春らしくなりましたね。
花粉症が激しい私には過酷な時期ですが、春は新しい出会いと別れ、そして一歩前進の季節です。

春から新しい環境に進む人、新しく加わる仲間を受け入れる人、新しいことを始める人、または特に変化はないけど何か変わりたい人。
環境や意識によって、いろんな人がいるんじゃないでしょうか。
変化は人を育てるといいます。ドキドキしながら環境が変わっていくことはプラスにつながりますね。

話は全然変わって子どもの話。
私のプライベートな話ですが、先日ようやく雪が解けて道路が乾いたので子どもの自転車(の補助輪外し)の練習をしていました。
私たちが当たり前に乗れる自転車ですが、子どもにとっては新しい世界です。
一生懸命チャレンジしている子どもに対してかける言葉としては「なんでそんなことができないんだ」ではなく「絶対乗れるからもう1回やってみよう」ですよね。
うちの子も泣きながらですが、なんとか直進だけ(汗)はできるようになりました。

例えば、お手伝いしたがる年頃の子どもが台所で「卵割りを手伝いたい」って言ってくれた時、やらせてあげたらたいてい失敗しますよね。「あーあ、言わんこちゃない。もうあっち行ってて」と言ってしまったら、次からその子はお手伝いをしたがるでしょうか。

子どもは日々環境の変化に挑戦しているので、どこかで辞めてしまうのは、誰かが「できて当たり前」という基準で評価してしまって、「どうせ…」の種を作ってしまっているかもしれませんね。

でもこれって、社会でも同じことが起きているんだと思います。
「当たり前」にとらわれすぎると、いつの間にか可能性をつぶしてしまう「どうせ」を増産することになりかねないなと。

組織に変化が起きないでこの当たり前が浸食しすぎると「ゆでガエル」になっちゃうことも。
「批判のない安定志向が人と組織を腐らせる」というニーチェの言葉もあるくらいです。

そういう意味で、この春新しい環境ができるのはとてもいい時期ですね。
新しい環境になって違った価値観を共有することで、いろんな視点をもって前進できる。
ぜひそんなチャンスの時期だと思って、環境の変化を楽しんでみてはいかがでしょうか。

「当たり前」の反対言葉は「有り難い」です。
この春に変化があることを、有り難いチャンスが舞い降りてきたと捉えて挑戦しましょう!

ということで、
いろいろと変化がある皆さま、このたびは絶好のチャンス、おめでとうございます!
樺沢 敦

NPO法人市民協働ネットワーク長岡
今日どう?通信

2015年2月28日土曜日

【今日どう?通信】「シュークリーム行列ができるまち長岡」

長岡の皆さん、2月はシュークリームをいくつ食べましたか?
美松のシュークリーム行列は、いわずもがな長岡の風物詩ですね。
これは洋菓子店「美松」が創業月である2月に、1個39円(税抜き)のシュークリームを2月限定で販売するサンキューまつりと呼ばれる謝恩セールの光景です。
長岡の2月といえば、吹雪の日も増え、心底冷え込む真冬の天気。
それなのに寒空の下、連日美松の前は行列ができています。
並ぶ人は大抵1箱(10個入り)ではなく、2~10箱程度を買っているから驚きです。
2箱なら20個、10箱だと100個ですからね。
当然ながら、シュークリームは生ものです。そう、賞味期限が購入した当日なんです。
100個も食べられないでしょ!って思いますが、もちろんそうですね。
「おすそわけ」
自分で並んだことがなくても、このシュークリームを食べたことがあるって方は多いんじゃないかと思います。
美松のシュークリーム行列の先にあるのは、長岡のおすそ分け文化です。
寒空の中ならんで、大量に買い込んだシュークリームは、戦場から帰還した兵士のごときドヤ顔でお世話になっている方々に「みんなで食べてね」という言葉とともに配布されます。
これってすごく粋な長岡人の気持ちがこもっていると思います。
私の中で勝手に理論づけている、「畳が傷むから座布団敷いてくれ」理論です(笑)。
何か特別なギフトをプレゼントするには、相手に気を遣わせてしまう。
だから「安くてついつい買いすぎちゃったから、もらってくれる?しかも賞味期限が今日なんで食べきれないから」という、誰にも気を使わせないで日頃の感謝を伝えられるコミュニケーションツールになっているのです。
このコミュニケーションツール、ほかの地域ではあまり見ないでしょうね。
この時期の長岡で、人から人につながり流通するものとしては、「通貨」「シュークリーム」「インフルエンザ」と言われるほど(初耳?)、人の手をわたっていくものです。
もう地域通貨になっちゃうんじゃないかっていうくらいの流通量ですね。
自分が頑張って手に入れたものをみんなにシェアする。
これが長岡のおすそわけ文化、つまり「足るを知る」文化でしょうか。
夏の野菜のおすそわけも同じように感じますね。
いよいよ今日2月28日は最終日です。
天気もいいようですので、この風物詩に並んでみてはいかがでしょうか?
樺沢 敦

2015年1月31日土曜日

【今日どう?通信】 「長岡に移住する人とドラクエ理論」


地方創世元年とも言える2015年、地方では人口減問題が叫ばれています。長岡も、UターンやIターンで長岡に移り住んでもらうような取り組みをしています。

できれば、どんどん元気のいい人に移住してきてもらい、みんなでまちを盛り上げてもらいたいですね。

今日はちょっと、わかる世代限定になってしまいそうですが、移住促進をドラクエというゲームにたとえて考えてみたいと思います。チンプンカンプンな方、すみません。

まず、ドラクエというゲームはロールプレイングゲーム(RPG)と呼ばれ、ゲーム上でキャラクターの役割(ロール)を操作して冒険(プレイ)し、仮想のミッションを実現するために成長しながら物語を進めていくゲームです。

役割の中には、勇者や戦士、魔法使いや僧侶、さらに遊び人や賢者などが設定されます。
冒険は、パーティを組んで目の前の敵(ミッション)を倒していくわけですが、それぞれの役割で特技や弱さをもっていて、補い合いながらパーティを組むのがコツとなります。

移住と何が関係あるのかと思われるかもしれませんが、大アリです。笑

ドラクエ攻略のコツを一言でいうと、「多様性」です。
世の中にはいろいろな敵(課題)がいます。
Aさんの得意分野で倒せる課題もあれば、Bさんの得意分野で倒す課題もあります。または、傷ついたら死なないように傷を癒してくれる仲間もいます。
課題に対して、どのような能力の仲間を育てたいかも、プレイヤーが考える必要があります。
実際はそんなことはないですが、仮に長岡が、代々回復系の僧侶という種族が多く育つ街で攻撃力が少ないので守ることしかできずに課題に囲まれていたとします。その時に外から戦士や魔法使いが移住して加わってくれることで、パーティに多様性がでて、課題に対して前に進み、冒険を進めることができます。

またはドラクエの役割(職業)の中に、賢者という特別な役割があります。
これは、魔法使いLv20+僧侶Lv20を経験したものしかなれない(あとは遊び人Lv20)特別な職業で、守りも攻めもできる、いわばエースで4番が打てるようなキャラクターが出来上がります。
これを現在の社会に置き換えた時に、「IT×農業」や、「貿易×地域産業」、「歴史×英語」のように、二つの職業が融合するときに、賢者(イノベーター)が誕生します。

首都圏で得意としていた農業と、地域が持っている魅力をかけ合わせることで、賢者以上の化学反応が起きるんじゃないかとワクワクします。

さて、ここからが本題です。(長くてすみません)

ドラクエで賢者に育てようと思うと、Lv20までレベルをあげた魔法使いを、Lv1の僧侶に変える必要があります。
実際、平均Lv20くらいのパーティにLv1のメンバーがはいると、正直すごく弱くて、すぐに死んでしまって大変なんです。
でも僧侶でもLv20まであがれば、あの賢者(イノベーター)が生まれるんです。
だから投資の気持ちで、ほかのメンバーでLv1の仲間を守りながら進んでいきます。
ここで全員が転職しようっていって全員Lv1になったら、正直弱すぎて冒険が進みません。

何が言いたいかというと、例えば東京でITやWEBのスキルを磨いたLv20の若者が
長岡に移住して農業を始めたいと言ったとき、農業分野ではLv1になります。
ですが、農業とWEBの能力を極めると、農業を生かした社会起業家が生まれるかもしれません。ですので、こちらでもきちんとパーティを組んであげて、サポートする体制が必要です。
全員が東京からの移住メンバーで、ITスキルはあるけど農業は全員Lv1の4人がパーティを組んでも、なかなか課題を乗り越えられないんじゃないかと思います。
地域では、Lv20どころじゃない地域の猛者がたくさんいますので、いろんなメンバーで、新しい風に対して間接的なパーティとして補い合える部分を探していきましょう。

地域が多様性をもち、掛け算でのイノベーションが起きるよう、パーティの土壌をつくることで、移住者と一緒にまちを盛り上げましょう!

あと、傷を癒せる宿屋や村の人の情報も冒険を進めていくには必須ですので、癒しの場とコミュニケーションの場も大切にしたいですね。

思わぬ長文になってしまいましたが、ドラクエやビックリマン、ミニ四駆あたりの話題になると熱くなる年代ですのでご了承ください。

樺沢 敦

2015年1月1日木曜日

【新年今日どう?通信】 〜人の時を想う〜

2015年 明けましておめでとうございます。

昨年中は協働センターに関わっていただき、大変お世話になりありがとうございました。
今年もよろしくお願いいたします。

日本海側に大寒波が来ているということですが、お陰様で真っ白い長岡らしい景色になりましたね。
皆さんはどんなお正月をお過ごしですか?

そろそろこたつで年賀状をひろげて、なんて方も多いんじゃないかと思います。お世話になった方やなかなか会えないご縁に届ける、年の初めのご挨拶。
SNSやLINEやメールも本当に便利で役立ってますが、元日のこのほっこりした時間をハガキで共有する年賀状は、今後も続いていって欲しいですね。「みんな元気してるかな?」「今年も変わらぬお付き合いをお願いします。」っていう手紙を出し合うこの風習は大好きです。

どこかのCMじゃないですが、「人の時を想う」という言葉がとてもマッチする風習だと思います。

誰かを想い年賀状に筆を走らせ、幸せな正月の時間にお世話になったみんなに想いをめぐらす。
そして自分の2015年を想い、それぞれの抱負を創造する。

雪降り積もる長岡らしい正月の朝に、それぞれの家庭でいろんな想いが広がって、ほっこりした時間と年の初めのイメージが広がっていることを楽しみにしています。

さて、いよいよ2015年の始まりです。
それぞれの思いをこめた2015年になりますように。

市民協働センターも、そんな皆さんの横で支えになれますように。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

P.S.
個人的には映画バックトゥザフューチャー2で描かれた未来が2015年が舞台ということで、30年前に想像して描いた未来と現実のギャップを楽しみながら、さらに30年後はどんな社会を描くかなぁなんて妄想したりして。。とにかく笑える1年を積み重ねていきましょう。

【樺沢】

2014年12月9日火曜日

【今日どう?通信】協働は「みんなちがってみんないい」

【今日どう?通信】協働は「みんなちがってみんないい」

先日のとあるご相談での一幕です。

「NPO活動を進めてみたけれど、単独での活動には限界が生じてきている気がする」
「とにかくこの課題にたいして取り組んで行きたいから、誰と協力したらいいでしょうか」
という相談でした。
また、NPOを立ち上げたばかりだということで、NPOとしての社会的立ち位置なんかも質問いただきました。
実はよく聞かれる相談で、とても素直に多くの方が持たれている疑問だと思います。
これまで自分も曖昧にしていたところだなと思い、整理してご相談にのらせてもらったので、せっかくだから内容を、今日のコラムに綴りたいと思います。

協働というキーワードの中で、よく出てくる組織といえば、行政、NPO、企業ですが、それぞれの立場や役割を理解すると、いろんなことがすっきりしてくるのかなと思います。

※特に正解があるわけではないと思うので、あくまで私の主観だと捉えていただけると幸いです。

それぞれの立ち位置で共通しているのは、全員が誰かの為に動いているということ。
傍を楽にするということで、ハタラクという言葉があるように、どの組織も誰かの為にハタラいています。

それぞれ、誰かの困ったを助ける立場だとしても、その意思決定の基準が違ってくるのかと思います。

それぞれの得意分野に関して例えるなら、
目の前の困ったに対して、
・行政は広くみんなの暮らしの当り前を作るのが大得意。
・NPOは、隠れがちな困ったを見つけて動き出すのが大得意。
・企業は一般の困ったを継続的に価値提供を循環させるのが大得意。

逆にそれぞれが苦手になってしまうことは、
目の前の困ったに対して
・行政は税金を行使する以上、社会的認知となる課題と確認してからでないと政策をうちづらい。
・NPOは、動き出したはいいけど継続するにはどうしたらいいかわからない。
・企業は、課題が目の前にあっても市場性が見いだせないと動きづらい。

それぞれが役割をもって得意分野を進めながら、苦手なところを補い合いながら進めていくのが協働だとしたら、お互いに何が得意で何が苦手か理解し合っているといいですよね。

NPOが取り組むほっとけない事象を、広く世の中の当たり前として継続させたいと思ったときに、誰とどういう協力をしたらよいのかを考えてみるのも協働の一歩ですね。

もっと詳しく具体的な関わり方までは長文になるのでここでは書けないですが、そんな相談でした。

この相談に乗っていた時に、金子みすゞさんの歌を思い出しました。
歌詞を直接書くとアレなんで、意味合いだけ書くとこんな感じです。

「私は鳥のようには飛べないけれど、鳥は私のように走れない。
私の体は鈴のように音は出ないけど、鈴は私ほど多くの歌を知らない。
みんなちがってみんないい。」

協働はまさにこれだなぁと。

なんだかしんみりした感じになっちゃいましたが、お互いに誰かのために活動している中で得意不得意を理解しあうところからきっかけが生まれるかもですね。

明日は雪が降るそうです。風邪などひかぬよう冬を楽しみましょう。

【樺沢】

2014年11月19日水曜日

水から酒が生まれた理由(超仮説)【今日どう?通信】

今日どう?通信
��水から酒が生まれた理由(超仮説)~

先日、長岡市内の酒蔵をいくつか回らせていただく機会がありました。それぞれの酒蔵にそれぞれの味があり、趣があっていいものですね。

長岡には現在、16の酒蔵があり全国第2位の数。
1位は京都なので、人口規模からしてどうしてこんなに酒蔵のあるまちになったのでしょうか。

酒蔵と違う日に、和紙の工場も見学させてもらいました。
最近ユネスコで話題になっている和紙です。
酒と同様、どうしてこの地で和紙作りがはじまったんでしょうか。

酒蔵さんや職人の方にお話を聞くと、良い水が出ているという点と、気候がちょうどよいという共通点があるようです。




なるほどなるほど。
確かに素材が良いのは大きいかもしれません。

ですが私が思った「なぜ」は、そもそも良い水をそのまま活用したり違う水の使い方もあったのに、どうして酒や和紙に形をかえたのか。

「おかげさま文化」の長岡では、これができたのは自分以外の誰かのおかげであると伝わります。

自然のおかげ、山のおかげ、水のおかげと表現してとても良い文化ですよね。
ですがおかげさまに隠れてしまっていますが、人の想いがなくして素材からはこういった産物は生まれなかったのだと思います。

創る人は、これらの素材を通じてその暮らしの中に何を生み出したかったのか。
地域の人はその「ものづくり」に何を期待していたのか。

私の主観でしかありませんが、きっとこう思います。

「この地域の人は、単純に酒の席が好きで筆まめな人が多かったんだろう」と。

交流の席を生む酒を必要と思う地域の文化。
想いを伝え合う手紙を書きたいと思う地域の文化。
人との交流を楽しみたいという純粋な思いが文化となり、産業になった。

水を「楽しみ」に変えたいというパワーが宿って、交流や会話を生み出す酒や、関係性を持続させる紙に変化したんですね。
宿した人の想いは、もはや執念に近い(笑)

そう考えると、地域に根付いている産業の背景にある地域性が見えてくる気がします。

そろそろこたつでも、なんて家も多いと思いますが、寒くなりお酒の美味しい季節がやってきますね。
酒を飲むときに「よろこび」が生まれて交流を楽しむような文化が続くことが、産業を継続させる近道なのかもしれませんね。
良い恵みに!
「歓杯!」

【今日どう?通信】






2014年10月19日日曜日

大切にしたいものが同じ人たちが織り成す化学反応【今日どう?通信】

今日どう?通信
「大切にしたいものが同じ人たちが織り成す化学反応」

ながおか市民協働センターができてから3年目でもあり、長岡市として2012年に協働条例を制定してから3年目となり、長岡でも様々な「協働」により、地域づくりが行われています。
【長岡市協働条例】
http://www.city.nagaoka.niigata.jp/shisei/cate01/shimin-kyodo/file/jyourei.pdf
今日は、改めて協働という言葉について掘り下げてみたいと思います。

辞書的には、協働の概念はこのようにあります。
協働:立場の違う人が互いを認め合い、それぞれのおもいに共感し、必要に応じて相互に補いながら、これらのものが持ち味を十分に発揮することにより、まちづくりを行うこと。


2004年に起きた中越地震よりまもなく10年の歳月が経とうとしています。
これまでの10年、長岡は復興というテーマでいろんな立場の方が一丸となって取り組んできました。




災害時、またはそこからの復興に際しては、協働なくては成し得ないことが多々あります。

協働はあくまで手段でしかないわけですが、その先にある目的を共有することが最も大切だといわれています。


長岡では「この町の暮らし」を大切にしたい人たちが力を合わせて、実行している人たちが多いですね。

協働という手段で言うと、違う立場同士が協力することも結果論でしかなく、皆が目的を共にできるのかということがカギとなります。

いわゆるビジョンや未来、理想の姿の共有した人たちが、自分の役割を果たそうとする動きそのものが、協働なんですね。

もちろん、一つの立場で解決できればそれはそれでむりやりコラボをする必要もないのですが、その先の姿を共有しようとしないというのは、
協働のまちとは言いづらいかもしれません。

これから行おうとしていることが、自分のためだけでなく第三者のためである場合、同じ大切にしたいものを共有する人たちと化学反応を起こして実行していく。

それが協働の原点かもしれませんね。

お互いにお互いの大切なものを知り、お互いの力を尊重しながら助け合うような自助共助の心が芽生えるまち。

そんなまちを目指していきたいものです。

行政も、企業も、NPOも、コミュニティも、個人も。
それぞれに出来ることや役割が違います。
でも目的が一緒であれば、おのずと協働が起きていて、後で気が付くと協働していたということも多いでしょう。

・共有して目指すべきもの。
・自らやりたいこと。
・自分たちにできること。

これらを整理して自分事としてできることを共有することで、いきいきとしたまちづくりに繋がっていくのでしょう。

震災10年を前に、そんなことを再確認しました。
皆さんも、ちょっと立ち止まって大切なものを思い返してみてはいかがでしょうか。

今日どう?通信
http://nkyod.org/blog-list/4462


2014年9月28日日曜日

「地域の方言をまとめるとすごいコンテンツになる!田舎流情報化の極意」【今日どう?通信 】

今日どう?通信
「地域の方言をまとめるとすごいコンテンツになる!田舎流情報化の極意」

普段地域の活動の中で、情報発信が大事だと言われることがありますが、「そんなこと言ったってどうしたらいいんだ」ということがよくあるかと思います。今日は「情報化っていうのはこういうことか」という一つの例をご紹介します。

実家に転がっていた本で、ちょっと面白かった「やまこしの方言」という本がありました。
読んで字のごとく、山古志村の方言が詰まっている辞書のような本です。

製作「山古志村老人クラブ連合会」 初版平成4年10月20日(おそらく初版しか出ていないと思われますが。。)

面白くて端から読んでいると、地域ならではの「情報化」ということの意味を少しずつ感じてきました。

そもそも、今回のテーマでもある情報化の価値として意味を感じ取れた発端は先日9/12に開催した「のもーれ長岡」テーマは「地域は魅力の宝石箱や!のもーれ」としての開催でした。

今回の店主であるにいがたレポ編集長の唐澤氏から、地域の魅力を発表し合った後で、情報発信の考え方についてお話しいただきました。

その中で考え方の肝となる話は、それぞれの地域にあるコンテンツをまずは情報化する(文字や写真、動画など)ところから始まり、それを情報の流通に(紙媒体やメディアやWEB)のせるという考え方。

「 魅力ある地域のコンテンツ 
 → 情報化(文字・写真・動画等)
 → 流通(口頭、紙・WEB・テレビ等) 」
 という流れですね。

かつては「情報化」と「流通させる」は新聞や雑誌、テレビやラジオなどのメディアの方がほとんどやっていて、情報発信に関して地域の方は入り込むすきは少なかったといいます。(口コミという情報発信は有効でしたが。)ですが最近では、個人でも文章にしたり、写真を撮ったり動画をとったり、それが紙やWEBに乗れば誰でも自分なりに情報化して発信することができる時代です。

では、何を情報化したらいいんだろうと考えました。

そもそも、地域の暮らしはありのままでも素晴らしいコンテンツであることが多いです。

地域では当たり前にやっていることが、その暮らしの背景や人の想いなどを知ることで、他の人から見たらとても魅力的で興味深いものになったりしませんか?

暮らしそのままを情報化。

と言うことでこの本のように、方言を文字起こししたことは、とてもエキサイティングなことだなぁと感じた次第です。

ひとりで興奮していてもむなしいですので、少し中身を紹介しますね。

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【辞書】

まずは冒頭、ア行の最初は何かというと。

・ああ(最初にアクセント)=はい。その通りです。相手の呼びかけに対する返事ことば。(例)ああ、ほっか。

・ああ(最後にアクセント)=目下のものに聞き直す時のことば。なに? (同意語)なんしたと

 「ああ」だけでも意味が違う。これも寒い山古志の地域だから、口を開くことを最小限にした結果でしょうか。
 ア行だけでも100を超える語彙が続き、このあと、「あっぱ」「あんぽんたん」「あんつらもん」などが登場します。

次のページが「いいあんべえ」から始まるという期待値の高さに、できれば全部書き起こしたい気持ちを抑えつつ、語彙のページは飛ばして文法やあいさつなどの特集ページに行ってみますと。。

【文法・あいさつ特集】

・あたまにつくことば(接頭語)特集
 「ど」(例:ドすけべ)「ばか」(例:バカごおぎだ)等

・おしまいにつくことば(接尾語)特集
 「のお」(例:またこいやノオ)「かい」(例:いいんがんカイ)
 「ねか」(例:かせがっしゃるネカ)等

・あいさつことば特集
 朝の挨拶「あっちゃくなるげだのお」
 昼の挨拶「まんまにしよぜの」
 夕方の挨拶「いっときに暗くなったのんし」等

祝い事や田植え、石場かち唄など、地域に伝わる「地唄」もたくさん紹介されているので、1曲だけご紹介。

【田植え唄 ー池谷地区】

 ここは街道 道の端 見事に植えて
 讃めらりょう ほめらりょういや ほめらりょういや
 見事に植えて ほめらりょうい

 苗がよければ 代も良い 秋は数(かべ)を
 刈るように 刈るようにゃ
 刈るようにゃ 秋は数を刈るように

 縞の手拭に おはちまあき 代に立つのが
 我が殿 我が殿いや 我が殿いや
 代に立つのが 我が殿ー

 山田 小やちに 田を持てば
 姉さんの白股(しろもも) 蚊が刺す
 蚊が刺すいや 蚊が刺すいや
 姉さんの白股 蚊が刺すー

 日暮れ方の ウグイスが 日笠の中で
 ホーホケキョウ ホーホエッキョいや ホーホケキョウや
 日笠の中で ホウホケキョウー

 めでたうれしや おーさなぶり またも来年
 来てくれやー 来てくれいや 来てくれいや
 またも来年 来てくれー

  ※最後の節は、主として家の主人がうたう。

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「あとがき」なんかも読んでいると、「よおべ」という言葉の解説が、何としても一行に収まらないために、全員で二時間を費やしたと書いてありました。
言葉の意味はココでは紹介できない内容なので省略しますね。

それはさておき、いかがでしょうか。

もう暮らしが目に浮かびませんか?
ここに書いてあるのは、ただただ文字の羅列です。

その暮らしを想像して、興味をもって、ちょっと好きになる。

そんなきっかけをあたえるには十分な情報ではないでしょうか。

普段のことばを文字にすることだけでも、世代も地域も超えた人にも伝わる可能性ができるのです。

情報発信とか、難しく考えると何もできなくなるかもしれません。

でも地域の魅力を、まずは「情報化」するだけで、いつか伝わる「情報の流通」はきっとついてきます。

自分たちの暮らしを、文字や写真、音声などに残してみるという作業。

みんなで軽い気持ちで始めてみてはいかがでしょうか。
まとめる中で、さらに自分たちでも気づかなかった魅力に出会うかもしれませんね。

http://nkyod.org/blog-list/4370





2014年9月4日木曜日

次世代の長岡に繋ぎたいもの【今日どう?通信】

今日は朝から、山古志の団体さんのところにお話を伺いに行っていました。
山古志まではアオーレから車で30分ちょっと。
そんなに離れていないのに、山にのぼるとあっという間に景色の変わる私の好きな場所です。

今日の団体さんとの会話の中で印象的だったことがあります。
いろんなスポーツを通じて交流を広げている団体さんでしたが、大切にしていることは何かと尋ねたら、答えは「NEXT(次世代)」とのこと。

50~60代が土台を作り、40代が元気な見本を見せて、30代が新しい発送を形にして、20代の声をみんなで聴く。

多世代が楽しく交流するために、各世代が役割をもって若者の意見を尊重する。
そんなステキな構図ができていました。

世代が違えば、育った環境も違えば価値観も違う。
それはどこの世界も同じことだと思いますが、大切にしたいことを共有するということ。
つまり次世代に元気をつなぐということを大切にして、それぞれができる役割を担っていく。
なんだか、いい関係性ができていて、きっと今後も次世代まで続いていくんだろうなと感じました。

次世代に残したいものって、皆さんは何がありますか?

私はこの風景とかが大好きです。
この写真に写っている景色は、「自然がいっぱい」という印象を持ちますが、田んぼや畦、池や道路など、そこの人たちが暮らしていくために自分たちで作り上げた景色です。
その暮らしの背景が見える景色がとても好きです。
だから、50年後に景色が変わっているかもしれなくてもいいのす。暮らしの足あとや知恵が見えるような景色が、次世代にも感じてもらえるような景色として残ってほしいなと。

次世代に残したいものがあって、それを共有する。それで行動する。
それだけで協働の始まりだと思いませんか。

気軽な会話からでもいいので、次世代に残したい大切なものを語り合うところから何かが始まるかもしれませんね。

【今日どう?通信より】
http://nkyod.org/blog-list/4188



2014年8月8日金曜日

あの素晴らしい感動をもう一度。みんな視点の長岡花火【今日どう?通信】

今年の長岡まつり、盛大に盛り上がりましたねぇ!
皆さん、それぞれの思いで参加されたことと思います。

「最高だったねぇ」とか、「やっぱ長岡誇れるわぁ」とか、いろんな声が飛び交っているのが耳に入ります。

そういう声を聞くと、ちょっとほくそ笑んでしまいますよね(^^)
もっと長岡を好きになるというか、ちょっと体温上がっちゃったり。

今日の通信は、つらつら文章は書きません。

今日はいろんな人の視点から見た長岡花火ということで、祭りの時間にtwitterでつぶやかれていた長岡花火を見た人たちのコメントを集めてまとめてみましたのでご堪能ください。

「みんなの長岡花火」
【Togetterまとめ ~世界一の長岡花火は長岡市民の誇りです!~】
http://togetter.com/li/703216

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※ちなみに、リンク先のコメントを抜粋するとこんなコメントがありました

「不思議に自然と涙が出るんです、長岡の花火。」

「東京在住の友達に世界一の花火を見せて花火観どころか人生観まで変えてってもらおうと思っとります」

「地元民として誇りです」

「市長「長岡の花火は日本一ではありません!世界一です!!!!」みんな「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」

「無理して長岡帰って、よかった!長岡に生まれてほんとよかった!」

「最初から最後まで素敵でした(≧∇≦)♪♪何回泣いたんだろう!」

「フェニックスは本当に神?感無量過ぎて涙出るよ(;_;)??」

「人生で1回もみないで死ぬなんて損だよまじで!!」

「中越地震の復興花火が10周年で、ほんと感動して涙ちょちょぎれ…」

「長岡花火のツイート検索して画像みてたらなんでだろ涙がでてきた。」

「写真では伝わらないよ、これは。ぜひ一度、新潟へお越しください。」

「長岡花火大会で初めて涙流した。 」

「長生橋ナイアガラの後、下の草むらで火事になって一時騒然としたけど、鎮火した時の歓声は素晴らしかった」

「桟敷席のやぐらが揺れます。花火の音圧で。」

「他の花火大会とはレベルが違いすぎる。長岡に住もうか考え中。」

「長岡花火って、花火師に感謝の光のメッセージがあるから素敵!」

「フェニックス凄くて号泣でした(笑)年取ると涙もろくなる。」

「光のメッセージまでが長岡花火です。後は残暑です」
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などなど、何千人の方がtwitter上でつぶやいていて、リンクに上がっているのもほんの一部です。

コメント見てるだけで、また胸が熱くなりますよねぇ!


協働の第一歩。まちに興味をもつこと。

「スキなまちに手(テ)を加えてステキなまちに」
みんなにとって、長岡が少しでもスキなまちになれば、みんなで少しずつまちを良くしていけるかもしれませんね。

花火を見た人たちが、そんな一歩を踏み出しているかもしれません。
来年まで、私達もひとりひとりができることをしていきましょう!

【今日どう通信より】
http://nkyod.org/blog-list/4205


2014年5月17日土曜日

足るを知る【今日どう?通信】

足るを知る【今日どう?通信】
5月も中ごろになると、長岡市内のいたるところで田植えや畑の苗植 えなどにいそしむ人たちが田畑で精を出す姿が見受けられますね。

私 も先日、ある団体が行っているコミュニティ農園にて、草取り耕し苗植えとまさに畑で汗かいてきました。



長 く畑を見てきた90歳を超えるおばあちゃんにいろいろ教わりながら、若者と子ども達で畑を通じて人がつながるという趣旨でやって いる農園です。


おばあちゃんの口から

「愛情もって育てんきゃ、作物なんて育たねぇこってや」

という言葉をいつもいただきます。



今日苗を植えたものが今日結果を出すわけではありません。

自然の中ですので、これをしておけば安心ということもありません。

愛をもって作物を気にしてあげて、世話してあげて、すくすく育つと信じてあげて。

そうして収穫できるのが喜びに変わります。


長岡では古くから「足るを知る」という精神があるのをご存知でしょうか?

長岡藩の時代、藩主は十分杯というからくり器を用い、藩士に生き方を教えたといいます。

越後長岡に伝わる十分杯


十分杯は器の8割 以上そそぐとすべてがこぼれ落ちてしまうという仕掛けがしてあり、欲張らず、8割くらいで感謝をしてすごすことで、万事うまくいくという教えを表すそうです。

足るを知る。

今あるものをすべて食べてしまえば全てなくなるが、将来に対して愛をもって育てていくことがみなの幸せに通じ る。

まさに米百俵の精神ですね。

自然や田畑から教えてもらうことは多いです。

自然豊かで農耕の盛んな長岡には、その精神も色濃く残っています。

合理的に考えればやらなくてもいいことも、未来を考えて市民活動をしている人が多い地域だと、改めて感じるこ とができました。

あなたの活動も、未来に向けて愛情を注いだ活動になっているはずです。

そんな活動が、お互いに欲張りあわずに目的を整えていくことが、協働のまちづくりに通じるのかもしれません ね。

いろんなことに感謝して活動していきましょう。

樺沢 敦




2014年4月20日日曜日

雪が生みだす「あい」の形【今日どう?通信】

 皆さん、お正月はどのように過ごされましたか?
私は家族と、いわゆる“食っちゃ寝“正月を過ごしました。
今年は、何年ぶりかに雪のないお正月でしたね。いやー、快適快適(^^)
「雪かきのない冬は快適で良いやねぇ」なんて言ってて、ハっと気づいたことがあります。
「この正月、近所の人と会ってないな、明けましておめでとうと言ってない!」ということ。
例年、なぜか大みそかから元旦にかけて、大雪が降りますよね。
正月からせっせこ雪かきしていると、新年早々、みんな家の前に出てきて雪かきしているのが恒例の風景。
「あ、明けましておめでとうございますねぇ。まーた頼んでもいねぇのに雪がジャンジャン降るいやねぇ(笑)今年もよろしくお願いしますてぇ!」がお正月の定番の挨拶でした。

 雪が降らないということは快適だけど、雪が降ることによって、この地域が得たものも大きいなと感じたわけでして。
少し良い解釈でまとめてみます。
【雪が生みだす3つの「あい」】
①「ふれあい」 先述したように、雪かきをするために外に出てきて近所のふれあい(雪の悪口含む)が生まれる。
②「譲りあい」 雪が降ると、極端に道幅が狭くなるので、車がすれ違えなくなる時がある。徒歩でも良く起きる状況ですが、どちらからともなく、自然とどちらかが停まって、道を譲る文化がある。
③「助けあい」 ただでさえ雪かきや雪下ろしは大変な作業だけど、高齢者や女性、まして妊婦や赤ちゃん抱えてなんて、もっと大変。周りの人が手助けして、代わってあげるなど、助け合いが必須の社会。

「ふれあい」「譲りあい」「助けあい」人が繋がるきっかけは、あまりにも身近な物だと痛感しました。
雪の結晶はその形状から、他とつながる形状をしています。
雪は人のつながりを閉ざすように見えて、実は根っこで繋いでいたのかもしれませんね。


 長岡の人は、自然とそれを知っています。 長岡の人は、繋がって生きていくことの大切さを知っています。
 長岡の人は、「あい」に溢れています。
 いつか、その根っこの精神が、この町の強みになる日が来るんじゃないかと思っています。
変わらないお正月の風景。いつか全国からうらやましがられる風景になるかもしれませんね。
そんな妄想をしながら、今年もワクワクした1年を過ごしましょう。
今年もどうぞよろしくお願いします。

【樺沢】
http://nkyod.org/blog-list/2480

まだ豪雪には間に合いますか?【今日どう?通信】

先週関東圏を襲った大雪で、山梨県や群馬県を中心に被害に合われた方や、未だに困難な生活を余儀なくされている皆様におかれましては、心よりお見舞い申し上げます。



今回、被災地域へ新潟から派遣された世界最強の雪かき隊!


素晴らしい対応ですね。現地に行かれている方も、気をつけてお力を発揮ください。



ちょうど大雪の日、私はNPO×若者マッチングイベントというところでお話しする機会をいただきました。若い方は、目の輝きがいいですね!特に参加された皆さんは前を向いてらっしゃいました。

その中で、若者にどうしても伝えておきたい言葉があったので、以下の言葉を送りました。



今の「あたりまえ」は

誰かの「ほっとけない」から始まる。



これは、京都地域創造基金の深尾昌峰氏の言葉をお借りしたものです。



今回の大雪も、私たちは雪国人として、「ほっとけない」という想いを持っていました。

行動に起こせるかどうかももちろん大切ですが、この感覚がとても大切。



あたりまえの暮らしを日々あたりまえにするためには、誰かがほっとけないと思って行動した積み重ねなんですよね。



私たちは、雪国に住んでいることに誇りを持てる。

なぜなら、雪国でないところでの豪雪にほっとけないという感情を持てるから。



豪雪という自然の驚異を「害」ととらえず、他人の事に感情が動くチャンスととらえ、自分の心に手をあてて「ほっとけない」と思えるか?

自問自答してみるのも、協働への第一歩かもしれませんね。

心の変化、まだ豪雪には間に合いますか?


【樺沢】
http://nkyod.org/blog-list/2679



意志あるお金の使い方【今日どう?通信】

昨日はクラウドファンディングのもーれ!でした。

ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

共感と参加が生みだす新しい資金の流れを学びながら、有意義な交流会になりました。

ここで出てきたクラウドファンディング。

仕組みがどうとかWEBだとかリアルだとかあまり考える前に、新しいお金の使い方が生まれたなぁと、ただただ感心していました。



何が新しいかって、お金に意志がついてきてること。

「消費が社会を変える」という感覚が、最近加速している用に感じています。



普段の買い物を、ただ「消費」と捉えるとわかりづらいですが、これも「投票」だと捉えてみるとどうでしょう。

自分が大切にしたいものを共有できる商品に投票する。
これがすなわち社会を変える消費です。

少し昔の消費と言えば、自分にとってどう価値があるのか?とか、今これが自分に必要か、とか、欲求とか、そんな感じで買っていました。

例えば、顔の見える野菜を買う、みたいな事はあると思います。
それは安心安全な野菜を食べたいから。
その一歩先に、この人は、この土地でずっと食べものが採れるように土と種を大切にしている、という農家さんに、「自分の子どもの代まで新鮮な野菜が食べられますように」という投票をします。こういう消費も悪くないかなぁと。

もうある程度モノができあがった現在、将来に向けた選択をして、消費(投票)をしていくことが必要かなと感じます。


いろんな活動を続ける上で、資金調達ってとっても大事なことです。

でもただお金が流れるだけじゃなくて、意志がつながっていくことがとっても大事だと思います。

「消費が変われば社会が変わる」

今は、ちょっとだけ「経済」が膨れ上がり過ぎて盲目になっているだけで、本当に大切にしたいものを考えた時、ひとりひとりの選択から、世の中に変化をもたらす事も出来るんです。

社会を変えるのは、あなたの財布から。

なんて言ったら嫌がられるかもしれませんが、そんな日常の選択で変わる社会も必ずあると思いませんか。

意志あるお金、自分の財布の中からも少しずつ巡らせていきたいですね。

【樺沢】

------参考---各種クラウドファンディング-------

◆「FAAVO」
今回のもーれに店主として来ていただいたこちらのサービスは、地域ごとに特化した、地元応援型クラウドファンディングです。
https://faavo.jp/

◆「READYFOR?」
日本初のクラウドファンディングサービスとして2011年にスタートしており、もっとも活気あるサービスです。
https://readyfor.jp/

◆「CAMPFIRE」
先日都知事選に立候補した家入一真氏が立ち上げたことでも有名ですが、アーティストやクリエイティブな製品向けに使われているサービスです。
http://camp-fire.jp/

◆「zenmono(ゼンモノ)」
町工場や中小企業を応援するモノづくりに特化したクラウドファンディングで、メイカーズや町工場がお金以外のノウハウなどの支援も集めることができるユニークなサービスです。
http://zenmono.jp/

◆shootingstar
こちらもビジネス使用に特化したサービスですが、「創造性豊かなプロジェクトはきっと世界をよくする」というテーマで、様々な形のビジネスをサポートしています。
http://shootingstar.jp/

他にも多数ありますが、特徴あるクラウドファンディングサービスを抜粋してみました。

参考にしてみてくださいね。

樺沢
http://nkyod.org/blog-list/2807


協働が進むとスマートバーベキューが広がる【今日どう?通信】

いきなりとても私ごとで恐縮ですが、先日ついに念願の「BBQ検定in新潟(主催:日本BBQ協 会)」なるものを受けてきました。

BBQはスマートに楽しくという考えを軸に、その文化や思想など、とても奥深い価値観に触れることができて有意義な1日となりました。

BBQの本場のオーストラリアには、公園に誰でも使えるBBQグリルが設置してあるそうです。

どのグリルも綺麗に整っているのは、オーストラリアのBBQ文化だと言います。

次の人が使うときにがっかりしないように、という気遣いだということですから、「公(おおやけ)」という意味をよくわかっているんでしょうね。

逆に日本のBBQは、年々BBQ禁止を謳うところが多くなってきているということです。

ゴミ、騒音、迷惑行為などが原因だということを聞きました。

そういうBBQをやっているシーンも簡単に想像できてしまう自分が悔しいです。

おもてなしの国日本では、もともと茶道や華道などに代表される「道」を修得する文化があります。

相手のことはもとより、会うこともないかもしれない次に使う人を、どう思えるか。

そんなところも日本らしい「BBQ道」が確立されてほしいものです。

��日本でスマートなBBQをやるためのバーベ九則なるものがあり、その原型は千利休の「利休七則」を引用しているとか。。)

全然関係ないCMですが、「ひとのときを思う」なんてフレーズがありますよね。

自分以外の誰かが、こんなシーンでこうなったら、なんてことを想像して、自分ができることをする。これが協働にもつながります。

それと、スマートであることと同じくらい大切なことがあるといいます。

それは、本人たちも心底楽しめること。遊びココロをなくしてまでやるBBQなんてないってこと。

さぁ、暖かくなってきたのでいよいよシーズンインですね。

きっと、協働の進む地域には、スマートで笑いの絶えないBBQが広がることでしょう。

レッツバービー!

【樺沢】
http://nkyod.org/blog-list/3012